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albumlux

音楽を聴いて思ったことを書いています。

ラストコール / flumpool

 

世界が忘れた“昨日“とはいつのことだろう。あの舞台に立ちひとつの栄光を手に入れた時だろうか。確かにとても眩しい、記憶に残る瞬間だ。

しかし“今”flumpoolが歌うからには、そんなに単純な話ではないのだろう。
輝かしい瞬間はみんな覚えている。いつだって忘れられてしまうのはその影にあるものだった。

たとえ今誰かの幸せになれていたとしても、過去は消えない。あの悔しさを忘れたくない、無かったことにしてしまいたくない。そんな人だから〈今宵も 抱き続けてたい Memory〉という意思表示からこの曲を始めたのではないだろうか。
壮大なイントロの音も、歌詞が始まるところでピタリと静まる。「今から話すから聞いてほしい」と言っているようだ。そうして胸の内を明かし感情が溢れてくる様子を表現するメロディーが痛いほど正直で、やはりflumpoolの曲の訴求力は言葉と音が合わさって生まれるものだとわかる。

 

前作の「FREE YOUR MIND」のイントロ一音目のギターを聞いて思ったことでもあるけれど、阪井一生(一生さん、じゃなくて 阪井さん くらいの感じ)のメロディーを粒単位で扱えるセンスは比類なく、確実にflumpoolの強みになっている。

 

いとも簡単に伸ばされた手を払い、その表情の読めない愛想の無いこの世界で思いを叶えるには、時に世界に合わせて感情を殺さなくてはならない。大切な人を傷つけてしまいもする。それでもひとつの思いを見過ごせなくて、その残酷さをわかってもそうする自分。手を伸ばす先を定めようとしている、現在進行形の姿。今までにないほど山村隆太(隆太さん)の人間性が色濃く出ている。


そして大事なのは、これが書けるのはflumpoolが今そのひとつ先にいるからだということ。頷けない過去があって、そこから抜け出さないとこのような曲は作れないと思う。今「Because... I am」を聴いてそれをはっきり認識した。


〈止まったままの悲しみ/意味があるのならば/…僕は今歌うよ「ラストコール」〉

そう、今があるのは“昨日”のことのように思い出せるあの日にも意味があったからだと証明するため、その武道館のステージに再びならぬ三度目の挑戦を挑んだ。その決意の曲、「ラストコール」。flumoolがその生き様を音にした。